Episode 4 漕ぎ続ける、その先へ。

Episode 4 漕ぎ続ける、その先へ。

 

2025年、木村亮太は日本代表キャプテンとしてチームを率いている。所属は地元クラブである佐倉インヴァース。大学卒業後も同クラブに籍を置き、国内大会や代表合宿、海外遠征に挑み続けてきた。

 

その一方、彼の日常は決してスポーツ一色ではない。平日は学童指導員として働き、放課後に子どもたちと向き合う。夕方から夜にかけては筋トレ中心のメニューを行い、週末はクラブでの活動や試合・遠征に費やす。選手と社会人の二重生活を同時にこなすことは決して容易ではないが、それが今の彼の当たり前になっている。

 

競技を続けるうえで職場や家族の理解は欠かせない。支えがあるからこそ、世界を相手に戦う日々を積み重ねることができる。いまの木村の現在地は、競技者としての挑戦と生活者としての責任、その両方を選び続けた先に築かれていた。

 

キャプテンとしてチームを率いる立場は、単なるプレーヤーとしての役割を超えている。戦術を理解し、試合の流れを読み、時に仲間に声をかけて流れを変える。プレー以上に、人をつなぐ力が求められる。木村がキャプテンに就いたのは偶然ではない。中学時代には「勝てないチーム」をまとめ、高校では水球で徹底的に鍛えられ、大学では駿河台大で“追われる立場”を経験した。その積み重ねが、いまの彼を自然とリーダーへと押し上げていた。

 

こうした歩みは外部からも評価された。2024年、木村は第73回日本スポーツ賞の「優秀選手」に選出された。カヌーポロという競技が全国紙の表彰対象に取り上げられるのは極めて稀なことだった。受賞は木村自身の努力を示すものであると同時に、カヌーポロが社会的に認知されるきっかけにもなった。木村にとってこの経験は、単なる栄誉ではない。仲間や家族、クラブとともに歩んできた道のりが外部から評価されたことで、背負う責任を改めて意識する契機となった。

 

 

だが、表彰は通過点にすぎない。木村の視線は常に世界を向いていた。

 

「どれだけ点を取っても、チームが勝てなければ意味がない。点を取ることだけじゃなく、勝つために何をするかを考えるようになりました」

 

その言葉の通り、彼の競技観は個からチームへと進化している。

 

これまでの代表活動で痛感したのは、ヨーロッパ勢との絶対的な差だった。カヌーポロの世界は依然としてヨーロッパが中心だ。イタリア、ドイツ、フランス、スペイン、イギリス――強豪国ではジュニアからシニアまでクラブチームやリーグが整備されている。年間を通じて高強度の試合を積み重ねられる。1シーズンで3040試合をこなすことも珍しくなく、年間を通じて実戦経験を積み重ねることで、戦術理解や判断力も日常的に鍛えられていく。

 

 

一方で、日本は競技人口や施設環境の制約から、1年間で出場できる公式戦は多くても十数試合に限られる。練習試合の機会も少なく、代表合宿や国際大会がほぼ唯一の本番という選手も少なくない。経験値の差はそのまま国際舞台での差に直結する。木村がU21世界大会でアジア人として初めて得点王に立ったことは、その限られたチャンスを最大限に生かした証だった。しかし同時に、それだけでは世界の頂点には届かないことも痛感させられた。

 

 

そして木村はその課題に真正面から向き合った。得意なことを伸ばすだけでなく、苦手をつぶすことを優先した。筋力トレーニング、走り込み、縄跳び――地味で単調なルーティンを淡々と積み重ねる。華やかさはないが、それが世界と戦うための最低条件だと理解している。

 

木村の姿は、日本のマイナースポーツ選手が直面する現実を象徴している。遠征費や用具代の自己負担、代表活動と仕事の調整、練習時間の確保――課題は常に山積みだ。スポンサー機会も限られ、多くの選手は職を持ちながら競技を続ける。これはカヌーポロに限らず、ホッケーやラクロス、ハンドボールなど国内では競技人口の少ない種目に共通する現実だ。世界ではプロリーグが整備されているのに、日本では基盤が整っていない。だからこそ、個々の選手が「やめずに続けること」自体が強いメッセージになる。

 

木村は学童指導員として子どもたちに向き合いながら、同時に日本代表のキャプテンとして世界に挑んでいる。その二重生活の姿は、次世代にとって競技の価値を示す存在でもある。子どもたちにとっては「先生」であり、同時に世界で戦うアスリートでもある木村の姿は、自己実現と社会的意義の双方を兼ね備えたロールモデルといえる。

 

 

これまでの歩みを振り返れば、木村亮太の人生は常に「選び続ける」連続だった。

 

幼少期の偶然の出会い、中学での苦しい経験、高校での挑戦、大学での成長、そして社会に出てからの両立。どの場面でも彼は、やめるのではなく「続ける」ことを選んできた。その積み重ねが、いまの代表キャプテンという立場をつくり出している。

 

そしてこれからは、世界の舞台で日本代表を勝たせること――その一点に全てを注ぐ。

厚いヨーロッパ勢の壁を崩すのは簡単ではない。だが、挑戦する価値がそこにある。キャプテンとして仲間をまとめ、次世代に競技をつなぎ、そして自らも成長を止めない。

 

 

Nogret――「後悔しない選択」。

木村亮太の物語は、この言葉をそのまま体現している。

 

小さな艇に身を預け、水面を切り裂きながら進むその姿は、選び続ける強さそのもの。

水の音だけが静かに響く時間も、彼にとっては確かな前進の証となる。

 

これからも漕ぎ続ける。

勝つために、仲間のために、そして自分自身が「後悔しない選択」を積み重ねるために。

 

 

終わり

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