人生には、大切な選択をしなければならないときがある。
大いに悩み、苦しみ、それでも自分の責任で下す決断。そこに後悔が残ることのないように、その決断が正解だと胸を張れるように、人は生きる。
そんな人生の選択とともに持ち続けるべきもの、それが「Nogret」。
No regret = 後悔はしない、という意味だ。
ライフステージの中で数々の選択をし、今の地位を築いた戦士たち。
彼らが積み重ねてきた「Nogret」とは―――
Episode5 新たな目標
追うものは、やがて追われるものに。
若くしてトップで活躍してきた信太も、2022年で33歳を迎える。昔以上に日本代表の主力に大学生が入るようになり、この頃は若い世代の躍動が目立つ。
信太は今後のキャリアをどう考えているのだろうか。
「ハンドボールとは、何かしらの形でこれからもずっとかかわっていきたいです。今はジークスターで日本一になるって夢を持っていますけど、もしそれが達成できたら今度は指導者として日本一を目指したい気持ちもありますし。でも、今はまだまだやれますよ。僕は、「もう辞めちゃうの?」って思われるくらいで競技を引退したいと思ってますから。」
信太は、ハンドボール選手としてだけでなくその後の目標もしっかりと見据えていた。そこにあるのは常に勝利への渇望。
楽しむ気持ちはいつも心の奥底にありながら勝利のためにすべてを捧げて心技体を鍛え上げてきた日々、それはこれからも続いてゆく。
ジークスター東京で、日本一になる。
東京から、ハンドボールを変える。
そんな想いを持つ信太は、同時に新たな挑戦をはじめようとしていた。
それが、ファッションだった。アスリートを中心としたウェア、そしてスポーツを中心としたスポーツ・カジュアルアパレルという2ラインを展開するブランドを立ち上げる準備をしている。
生粋のスニーカーヘッズとして数々のメディアへ露出していたり、ジークスター東京のスポンサー企画でもストリートファッションに身を包んでメインビジュアルを飾ったりするなど、実は信太とファッションのつながりは深い。
ある記事でのカバー表紙ではNIKEのジョーダンブランドを代表するジャンプマンロゴと同じポーズを決めていたのだが、その跳躍力も相まって完全一致するという衝撃も少し話題になった。
信太にとってのファッションは自分の趣味であり、自己表現の手段だった。
特にプロアスリートはいつも見られる存在ゆえに、常日頃から「かっこいい自分でありたい」という思いは持っていた。これもまた彼のプロ意識の表れである。
そんな信太だからこそ、ハンドボール=ダサいというイメージが本当に嫌だった。
誤解なきように言うと、これは決して批判ではない。
例えばアメリカのNBAではチームアパレルはしっかりとファッション性も高い作りのものが多く、シティーユースとしてもポピュラーな存在である。
それに選手たちは毎試合とにかくしっかりキメて会場へ入る。
レブロン・ジェームスやカイリー・アービングといったスターたちのファッションが日々ファンたちの憧れとなり、そうして作られたアスリートのイメージは強い。競技規模は違えども信太はそんな意識を強く持っていたこともあり、その比較としての「ダサい」という言葉だったのである。
「ハンドボール界では、『オシャレだな』って思える選手があまりいないんです。それにユニフォームとかウェアも昔はカッコよくなかったんですよね。今はだいぶ変わってきましたが。でもハンドボールという世界ではまだまだ選べるものが少ないと思うんです。選べるものがなければ、自ずとみんながカッコよくなくなっちゃう。だから、僕はここに入っていきたいんです。みんながカッコよくなれば、それでハンドボールの見方だって変わるかもしれないですよね。」
こうして、信太の新しい挑戦がはじまった。
大好きなファッションを大好きなハンドボールに掛け合わせる過程で、初めてビジネスという目線を持つようにもなった。
190cm・90kgというその体型を活かせばモデルの仕事もできるのでは、と聞いてみたのだが本人は全くその気はないという。
あくまでも自分はみんなが「カッコいい」と思うものをつくりたいし、届けたい、そんな気持ちが強いのだそうだ。
アスリートのセカンドキャリア、副業としてのファッション進出は決して珍しい話ではない。サッカーやバスケットボール、野球など、実に様々な選手たちがチャレンジしているほどだ。
しかしながら、そこで誰もが頷くほどの成功を収めた人はほんの一握りにも満たない。仲間内や周辺ファン層だけで盛り上がっている例も数知れず、とにかく“なんとなく”だけで勝てるほど甘いビジネスではないのだ。
だが、信太が準備するブランドには「ハンドボールを変える」という明確なビジョンがあった。ここがあるかないかだけでも大きな違いである。
ハンドボールをカッコよく、ハンドボール選手をカッコよく、そんな先に競技のさらなる発展を見据えていた。オンコートの選手たちのユニフォームからトレーニングウェア、そしてオフコートでのファッションまで様々なシーンでのアイテムを展開していくのだという。
「もっとたくさんの人にハンドボール知ってもらいたいし、観てもらいたいんです。スポーツは選手や監督、スタッフだけでは成り立ちません。ファン、サポーターの皆様がいてスポーツになると思っています。僕は、未来のハンドボールをより価値あるポーツにしたいんです。」
これまでのライフステージにおける数々の決断、その度に悩み、苦しんだこともあった。それでもそれを後悔することはなく、全てが正解だったと胸を張って生きてきた。
そんな信太が掲げたブランドの名前が、「Nogret」だった。
自分を信じて、勇気を持って、道を切り拓くんだ。
うまく行かないことも、時にはあるかもしれない。
でも、いつだって自分を信じよう。胸を張って生きよう。
その積み重ねが、また新しい挑戦を生む。
No regret = 後悔はしない。
それは、アスリート信太弘樹が人生の中で体現してきたメッセージ。
(MY NOGRET by Hiroki Shida おわり)
著者:山手 渉
カメラマン:高須 力