Episode4 東京に込めた夢


人生には、大切な選択をしなければならないときがある。

大いに悩み、苦しみ、それでも自分の責任で下す決断。そこに後悔が残ることのないように、その決断が正解だと胸を張れるように、人は生きる。

 

そんな人生の選択とともに持ち続けるべきもの、それが「Nogret」。

No regret = 後悔はしない、という意味だ。

 

ライフステージの中で数々の選択をし、今の地位を築いた戦士たち。

彼らが積み重ねてきた「Nogret」とは―――

 

 

 

Episode4 東京に込めた夢

 

「信太弘樹、大崎電気を退団」

 

 

ハンドボール界を騒然とさせたこのニュースが出たのは、2020515日のことだった。そしてこのニュースからおよそ2週間後の64日、2020-21シーズンから日本ハンドボールリーグに新規参入するジークスター東京への入団が発表されたのである。

 

信太は前シーズン、主要大会である全日本社会人選手権・国体・日本選手権・日本リーグをすべて制してチーム史上初の「4冠」を達成していた。
日本のハンドボールにおける、まさに絶対的頂点の座に君臨していたのだ。
ただ、信太が考えていたのは、オリンピックに出ることだけだった。

 

チームの主力といえども、交代してもチーム力が落ちないレベルの選手層を誇る大崎電気ではプレイタイムは制限されていた。これはチームの方針でもあったので、信太の意志ではどうにもならないところでもあった。加えて代表でも若手選手が台頭してきていた中で、信太は少しでも長い出場時間を望んでいたのである。

 

また、代表でのポジションも大きな要素だった。
本来のポジションであるレフトバックではなく、得点以上にチームを活かすプレーが求められるセンターバックでの出場が多かったことも、ジレンマになっていた。

 

もっと試合に出たい。

もっと点を取りたい。

 

自分が点を取って日本を勝たせることを思い描き、信太はこれまでのキャリアで最大に悩んでいた。
そして新型コロナウイルスの影響でオリンピック開催が1年延期になり、決断したのがジークスター東京への移籍だったのである。

 

ジークスター東京は2020-21シーズンからリーグに新規参入するチームということもあり、決して強いチームではなかった。
そのためバリバリの第一線で活躍していたトッププレーヤー信太にかかる期待も大きく、長いプレイタイムや希望するレフトバックのポジションでの起用も見えていた。
何より、ジークスター東京は、日本の首都でありオリンピックの開催都市である東京に本拠地を置く唯一のチーム。ハンドボールの競技を盛り上げながら、この地で自分の夢を叶えたいと思った。
こうして信太は、長年の夢だった東京オリンピック出場のため、環境を変えて挑戦することを決めた。

 

 

 

 

そして迎えたシーズン、信太はレフトバックでフル出場し、責任を持ってチームを勝たせるプレーを求められるようになった。
それは、移籍前に自分が望んでいた環境だった。

 

だが、チームは勝てなかった。

開幕戦に惜敗し、その後の第4戦からは5連敗を喫した。
大崎電気時代では体験したことがなかった、勝ちが遠い日々。
望んだ環境だったが、チームを勝たせるプレーが出来ない信太の歯車はここから少しずつ狂っていった。

 

出場時間が長くなったこともあり体のケアには人一倍気を遣っていたが、不運にも怪我をしてしまったのだ。しかもオリンピック開幕の半年前に開催された、世界選手権の直前であった。
信太はこの大会の追加招集メンバーとして声がかかっていたが、怪我の状態が思わしくないため辞退。オリンピックの代表選考にも影響する大事な大会だったことは信太自身も理解していた。
貴重なチャンスを逸したことでその後の日本リーグでのアピールが必須となったが、信太のパフォーマンスが上がることはなかった。

 

そして発表されたオリンピックメンバー、そこに信太の名前はなかった。

 

「正直、オリンピックに行けないと分かった時は、『移籍したのは失敗だったかな』って。移籍しなければ大崎電気で今まで通りの活躍でアピール出来てたんじゃないかなと思いました。それにジークスターに移籍して確かに出場時間はすごく伸びたんですが、その分疲労も蓄積して怪我も増えたんです。怪我さえなければ、って思いもありました。」

 

当時のことを信太はこう語る。
東京オリンピックに行くことは、信太の夢だけではなかった。
長年信太を隣で支えてきた妻梨歩さんもまた、東京の地で躍動する夫の姿を想い、「私の夢でもある」と言ってくれていた。メンバー落ちの一報を聞いた時は、信太と同じくらい悔しがっていたそうだ。

 

だが、大きな夢であったオリンピック出場が叶わなかった信太の手を取り、背中を押したのもまた妻の梨歩さんだったという。

 

「ジークスターでがんばろうよ」

 

この妻の言葉もあり、もともと東京オリンピックで代表活動に区切りをつける予定だった信太はすぐに気持ちを切り替えることができた。
そしてジークスター東京も、黙ってはいない。
信太をはじめ、東長濱秀希、甲斐昭人といったリーグのスター選手を獲得した昨シーズンに続き、今年も日本代表の主将土井レミイ杏利、同じく日本代表の司令塔東江雄斗といった実力者たちが加入することが決定。
昨シーズン以上の積極的な補強で、今シーズンの日本一を本気で狙える陣容が整った。

 

「去年僕や東長濱さん、甲斐さんが移籍したからこそ、今がある。今シーズンはまた新しい選手たちが入ってきてくれてチームが強くなったのを見ると、やっぱりジークスターへ行って良かったなと思っています。」

 

 

目指していた夢は、ひとつ破れた。

それは大きな、大きな夢だった。

だが、それを叶えるために選んだ決断に後悔はなかった。

そしていま、そこから新しい夢が生まれようとしていた。

 

 

「ジークスター東京で、日本一になる」

 

 

東京へ向かう日々は終わり、東京からはじまる日々に。

信太弘樹、再スタートの2021年だった。

 

 

 

Episode5 新たな目標 へ続く)

 

 

 著者:山手 渉

カメラマン:高須 力