Episode4 新たな自分を探して


人生には、大切な選択をしなければならないときがある。
大いに悩み、苦しみ、それでも自分の責任で下す決断。そこに後悔が残ることのないように、その決断が正解だと胸を張れるように、人は生きる。
 
そんな人生の選択とともに持ち続けるべきもの、それが「Nogret」。
No regret = 後悔はしない、という意味だ。
 
ライフステージの中で数々の選択をし、今の地位を築いた戦士たち。
彼らが積み重ねてきた「Nogret」とは―――
 
 
 
Episode4 新たな自分を探して
 

現役を引退した永島の元には、指導者としてのオファーがいくつか来ていた。日本を代表するハンドボーラーに教えを請いたいと思うのは至極当然のことであったが、永島はその道を選ばなかった。
 

「向いてないと思ったんですよね。それに残りの人生をずっとハンドボールに使うのかって考えたら、飽きちゃうんだろうなとも()
 

自分にはいったいどんな可能性があるんだろう?
永島は、バックパッカーになって半年間の旅に出た。
 
 
行き先は、東南アジアだった。
 

「東南アジアではいろんな出会い・いろんな経験・ショッキングな出来事がありました。そこで、自分の鼻を折るという作業ができたんです。」
 

そう言って永島は自分の鼻にグーを当て、天狗を作った。
これまでのハンドボール選手としての生活とは180°異なる、お金の稼ぎ方。過去の実績だけで、同じ暮らしができるわけではなかった。引退してからそのシフトができず、勘違いをしていたという。
本人の言葉をして、プライドと見栄を履き違えていたということだった。
 

例えば東南アジアではこんな話があった。
ある日本人コミュニティの中に永島がいたときのことである。当然ながら恵まれた体格で、ついこの間までトップアスリートだった永島は、その時にいた十数人に囲まれていた。
 

「何かされていたんですか?」
「ハンドボールやってて、日本代表にもなってました。」
「えっ、すごーい!」
 

要は“ちやほや”されていた。
ただ、この時の永島にとっては、それは普通のことだった。それはそうである。日本ではファンもおり、地方に行けば地元の教員にも囲まれ、絵に書いたようなアスリートの日常を送っていたのだから。
 

だが、そこにいた1人の女性は、永島の話を聞くこともなくずっと携帯を触っていた。
 

「話が面白くないっていわれたんですよ。全部上から言われている感じで、(話が)入ってこないって。すごかったのはわかるけど、そんなに語る必要ありますかって。今ネットであなたの名前調べたらこれだけの情報が出てくるんですよって。」
 
彼女が携帯を触っていたのは、永島のことを調べるためだった。
 
(引退した)今大したこともないのに、過去の自分がすごかったということで武装していたんですよね。だからはっきりとそう言われたことは、本当に衝撃でした。でも、彼女に会うために東南アジアを周ってたんじゃないかってくらい、いい教えだったんです。」
 

そして永島は、自分の中のプライド・見栄を頭の中で考え、処分していった。
帰国して真っ先に行ったのは、自分のハンドボール用品を捨てることだった。たまたま実家に残っていたユニフォームは今でも自分の店に飾っているが、それを除き、ほぼすべてのものを処分した。
それは永島なりのけじめであり、新しい世界へと踏み出すための一歩でもあった。

 


 
 
そうして永島は、2つの決断をした。
 
1つは、株式会社HIHの設立。
ドイツの運動器系医療機器の研究・開発・製造・販売メーカーである「バイアーファインド」の国内でのソックス代理販売・サポーターの仕入れ販売を主な事業としている。
これは、永島が現役時代から惚れ込んでいたサポーターを手掛けているメーカーであり、自身がサプライヤー契約をしていた縁もあって代理販売を行うことになった。永島の会社が日本で販売するようになったことで、ハンドボールだけではなく、様々な競技のアスリートを支えるアイテムとして多くの選手に使われるようになった。
 

そして2つ目は、アルバイト。
永島は、様々なことを吸収したいと願い、中でも特に「こき使われる」という経験が必要だったと当時を述懐する。年齢も関係なく、駆け出しバイトとしてビラ配りにもチャレンジした。
見栄を捨てたかったし、頭を下げられるようになりたかったからだという。
そしてそれだけではない、もう一つ大事な理由もあった。
 

 

「明日、自分からハンドボールという肩書もボールもなく、どうやって500円稼げるかって考えても何も思いつかなかったんですよ。もちろん、1回きりなら自分の会社でやっていたようにバイアーファインドのサポーターを売ればよかったかもしれません。でも毎日毎日それができるわけじゃない。だから、アルバイトをしたのは自分でお金を稼いで食っていけるようになるためでもありました。」
 
 
会社の代表という顔、アルバイトという顔。
それは新たな自分の可能性を探すためであり、新たな生活を創り上げるためでもあった。
 
ハンドボーラー永島英明は、こうして「永島英明」となった。

 


 
 
 
Episode5 とこしえ、永久。 へ続く)

 

 著者:山手 渉

カメラマン:高須 力